NOTES

ビジュアルの時代だけれど。

年末にSNSをひらくと、いろんな人が「今年を総括」していた。

「こんなことをやりました」
「あんなところに行きました」
「みなさまに感謝です」

そういう文章をじぶんも書いてみようかなと何度か頭のなかで思ったけれど、なかなか1文字目を打てずにいた。年末年始は家族と過ごす時間が多くて文章を書くまとまった時間をなかなかとれないというのもあったのかな、なんて思いながら、それでも2025年を振り返ってみようとiPhoneの写真ライブラリをひらいてみた。

「あぁ、こんなことやったなぁ」
「あんなところ、行ったなぁ」
「みなさまに感謝だなぁ」

ご多分にもれず、たしかにそう思ったのだけれど、やっぱり、なにかがちがう。そして、わかった。カメラロールのなかには、「目に見えるモノ」しかないのだ。手に入れてうれしかったモノ、人生観を変えてくれたケニアの風景、息子と初めて行った夏合宿、だいすきだった父との時間、やっと世に出せた渾身の仕事。たしかにそういう光景は大事。なんだけれど、どうしても書こうとするものが、その「絵」のキャプションになってしまう。

「来週のプレゼンどうしようかな」とか
「また息子のこと怒っちゃったよ‥‥」とか
「おれって本当に記憶力ないわ‥‥」とか
「親の死って時間が経つほどさみしいんだ」とか。

そういう、目に見えないモノが2025年にはたくさんあった。そういうのは、「写真」よりも「メモ」のほうからたくさん発掘された。あと、ずっと使っている「ほぼ日手帳」で。

これだけ「写真と動画の時代」と言われるけれど、やっぱりぼくは「ことば(文字)の力」を信じているし、リスペクトしている。もちろん音楽もアートも好きなんだけどね。

だからなのか、この年明けからは、意識的に「小説」を読むようにしている。どこのページを読んでも役に立つビジネス書や人文科学書ではなく。紙にインクが塗ってあるだけなのに、それを目で追っていくだけで、だれにも見えない自分だけの景色を、自分のペースで進めていく豊かさがある。

ちなみに、これまで何度も挫折した『カラマーゾフの兄弟』や『月と六ペンス』も読んでいて、すっかり夢中になっています。

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(たしかに、よしたに。)