NOTES
歯を矯正してわかったこと。
ぼくは、生まれつき下の前歯が2本なかった。
ふつう下の前歯の真ん中には
おなじ形をした歯が2つ並んでいる。
いわば「ABBA」の女性ボーカル2人のように。
ぼくには、その両隣のメンバー、
ABBAで言うところの
ヒゲをたくわえたダンディな男性2人が
生まれながら、いなかった。
そのせいで女性ボーカル2人が
距離を置いて広がってしまい、
下の歯のセンターにすきまがあった。
けれども、生活に大きな支障はなく、
歯並びもそこまでわるくなかったので、
そのまま何十年も過ごしていた。
とある歯の専門家は、ぼくの歯を見て、
「こりゃ、進化系ですわ」と言う。
つまり、こういう説だ。
人類は、というか先進国では
この数百年でどんどん食糧が変わり、
やわらかい加工食品を食べるようになった。
だんだんとアゴが小さくなるので
歯がおさまらなくなってしまい、
歯並びがわるくなって歯科矯正が生まれた。
(余談だけれど、中学受験をする子どもが
増えたみたいに子どもの歯科矯正も
あたりまえになっているらしい)
そんな人類の状況を見かねた神様が
「いっそ、はじめから減らしとこか」と
ぼくの歯を2本減らした、という説だ。
そんなわけで、ぼくは30年以上も、
「下の前歯の真ん中がちょっぴり空いている男」
というカルマを抱えて生きてきた。
けれども、ある日、事件が起きた。
あれは会社の新入社員歓迎会の夜だった。
沖縄かどこかの郷土料理の
重めの鍋皿を口に運んだ勢いで
下の前歯に当たり、片方が欠けてしまった。
ぼくは歯が取れたのがショックで
意気消沈して「帰ります」と中座。
翌日、駆け込んだ歯医者で治してもらった。
(以来、この先生にずっとお世話になっている)
おかげでそれから10年以上、
なにも問題なく歯ッピーライフを送っていたのだが、
去年の夏、これまた突然、唐揚げを食べていたら、
「ガリっ」という鈍い音がした。
治していた歯がまた欠けたのである。
こりゃ、どげんかせんといかん。
2度あることは3度起きるから。
そして、歯科医の先生と何度も議論を重ねて、
下の歯のすきまを埋めるための
歯科矯正をすることになった。
大なる目的は孤立していた歯を守るため。
ついでに上の歯も動かして
ちょっといい感じにしてしまおう、と。
インビザラインという
マウスピースをつかった矯正で、
約半年以上かけて当初のプラン通りの
いわゆる「うつくしい歯並び」になった。
ついでに、と、歯の汚れもすこしきれいにした。
さて、ここからが本題だ。
たしかに、すきまはなくなった。
ABBAのメンバーみんなが密着している。
きっと安心して唐揚げを食べられるし、
英語の発音だってよくなるかもしれない。
ところが、なのだ。
あんまり「しあわせ」になっていないのだ。
どういうことかと言うと、
歯並びをきれいにしたことで、
こんどは別のところが気になるのだ。
たとえば、ほんのちょっとした歯の欠け。
歯につくコーヒーや赤ワインの着色。
などなど、細かいところに目がいくように。
いちど美容整形をした人が
どんどんエスカレーションしてしまう
その心理がよくわかった気がした。
整えすぎると、ムラが気になる。
我々が与えられたものには
なにかしらの理由がある。
人間が勝手に物事の美醜を決めて
手を入れてはいけないのかもしれない。
そして、いちど手にしてしまうと
それを維持するためのコストがかかる。
いわば、税金のように。
ゴールドジムが「筋肉は一生モノ」という
ポスターをつくっていたけれど、
あれは、厳密に言ってしまうと嘘なのだ。
正確には、
「あなた自身が死ぬまで筋トレしつづけていれば」
という大事な条件がつくのだから。
なんでも整えればいいってワケじゃないですね。
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(たしかに、よしたに。)
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