NOTES

書道教室に通いはじめた、初心。

ぼくは「文字を書くこと」でメシを食っている。

ことばを考えるという行為は、材料もいらないし原価もかからないし、空気をつかんで売っているように感じることもある。けれども、0円で生まれたものが、時間をかけて大きな価値を生み出すことがある。思えば、人間という生き物だっておなじかもしれない。

もともと、「なにかを習いたい」という気持ちがずっとあった。「仕事で会う人やお店のスタッフを『若いなぁ』と思うようになったらオジサンの仲間入り」とはよく言ったもので、かつてはどこに行っても「若気の至りッス」というキャラを演じられたけれど、最近では自分より年下の人と会う機会が増えて、「なにかを教える」ことが増えたように思う。

だから、まっさらな自分がゼロからなにかを学べる場がほしかった。そこで思い至ったのが、「書道」だ。

文字を扱う仕事をしている身として、文字への敬意を行動で表すことができると思ったことや、いつもは動的な自分が、静的な活動ができると思ったこと、なによりも、一歩ずつ上達していくおもしろさや、お稽古の時間を「作品」として遺せる習いごとであることがいいと思った。

普段はキーボードを使って1秒で打つ「花」というたった1文字を、5分以上かけて真剣に書く。

ペンでノートに書くのとはまったく違う。お手本を見るのと書くのとではまったく違う。筆の毛束をどう動かすのか、始点と終点をどう置くのか。真っ白な半紙と向き合いながら、無心になってその余白をつぶしていく。実にたのしい。

まわりの生徒さんも普段なら会わないような方々ばかりで、利害関係なく「お上手ですねぇ」と言い合える時間もいい。なによりぼくの先生が、生徒ひとりひとりを想っていることがよく伝わる方で、先生のアドバイスをいただいて書き直して、すこしずつ上達していくのがなによりもたのしい。そうそう、「書く」のもたのしいけれど、「見る」のもたのしい。

まだまだお稽古をはじめたばかりで、どこまで登りつづけられるかわからないけれど、「知之者不如好之者 好之者不如樂之者」という初心を忘るべからず、で。

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(たしかに、よしたに。)